創作武家料理って何?
◆ 創作武家料理『規範』
一.食に対する「真摯さ」と「真剣さ」
一.食に対する「礼(作法)」と「楽しみ方」
一.「感謝」敬いの気持ちと食を通じての「学び」
武家料理とは本膳料理。
飯と汁を中心としながら、一汁三菜、二汁五菜、三汁十一菜など。
世界的にヘルシーとして注目される和食の原点がここにある。
土地ごとに異なる適作農作物、その良さを活かし、気候風土に合わせて発展させていった食文化は、正にこの武家料理に凝縮されている。
多文化の食に慣れ、食に求めるエンターテイメントも高度になってきた現代へ、古の知恵と、自然の神秘さ、武家の独創的な芸術性をもって、驚歓し誇りを抱いてもらえるような料理。
そして、自然へ真摯に向かう志高き農業家が明日を切り開いていけることを使命とした料理。
これが、創作武家料理である。
そもそも本膳料理って何?
本膳料理は、室町時代以前の伝統的な饗応料理で、今日の日本料理の形式の原形となるものです。しかし、あまりに格式高く、作法も細かな技功に走りすぎたために、
現在ではほとんど本格的に供されることは無くなったようです。
豆知識
◆本膳のいただき方
正座して着席したら、蓋の物の蓋を取ります。まず、左側の料理の蓋を、奥から順に左手で取り、右手を添えて膳の左脇に、裏側を上にして置きます。
酒杯に酒がつがれたら、いったん膳の上に置いてから、三度で飲みほします。
次にご飯茶碗を両手で取り上げ、右手で箸を取り、一口食べます。箸を取り上げたときとは逆の手順で、頭が膳の右縁にかかるように置きます。
同じ要領で汁わんを取り上げ、箸をかるくわんの中に添えるようにして一口吸います。酒を飲み、箸を取り上げ、膾を食べます。器は膳の上に置いたまま、汁を落とさない様に左手を添えて口元へ。
日本の食文化の歴史1
奈良時代
食事は朝菜、夕菜のことばがあるように一日二回。
精進料理→仏教の「美食を戒めて粗食とする」の教えを追求。消化がよく健康食、大豆などの加工技術が発達。(味噌・醤油・漬物・豆腐)
茶の導入→当初、茶は薬用として珍重されていました。
酒→質のよい清酒ができた。
平安時代
生活が豊かになった平安の貴族文化は、唐文化を土台にして京の都 の四季の美しさと雅の心を取りいれて、唐文化とは異なった平安独自の和風文化が育ち始めました。食も膳 の中に四季感を取り入れて視覚に訴え和風文化が育っていきました。
本膳料理や、刺身などが食に見られるようのなったのもこのころで、食事も二食から三食になりました。
日本の食文化の歴史2
鎌倉時代
梅干と玄米が武士を支える食となりました。
平安時代
南蛮船によっていろいろな野菜が持ち込まれました。(さつまいも、じゃがいも、はくさい、キャベツ、トマト、にんじん、かぼちゃなど)
江戸時代
普茶料理→禅僧が茶礼に赴くときにその茶礼の後にいただくりょうり。
茶懐石→千利休が考案者。禅と茶の湯をむすびつけました。一汁三菜に強肴を基本とし、酒も楽しんで最後に抹茶をいただくもの。
外食産業→量り売り、屋台、居酒屋、料理屋、そばや、茶屋などが登場しました。